本田真凛『ポスト浅田真央』の重圧。五輪落選後、渡米した真意とは?

      2018/06/20

人気スケーター、本田真凛が抱える重圧とは…?

平昌オリンピックが終わってはや数ヶ月

未だに平昌五輪のメダリストがテレビに出ると、当時の感動が蘇りますね!

 

そんな中、メダリストの喜びの裏で『悔しさ』を胸に日本を離れた選手がいます

フィギュアスケートの本田真凛選手です。

ジュニア時代の実績、そしてキュートな容姿なら、『ポスト浅田真央』と呼ばれた本田真凛選手。

平昌オリンピックの会場で彼女の姿を見見ることはなく、

現在どうしているのか調べてみると、なんとアメリカに練習場所を移していました

現在の本田真凛選手の様子をまとめてみました!

 

 

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本田真凛プロフィール

本田真凜

(出典 朝日新聞DIGITAL

よみ:本田真凛

生年月日:2001年8月21日

出身:京都府

身長:162cm

 

 

『ポスト浅田真央』本田真凛が背負う重圧

本田真凛の登場でにわかに騒ぎ出す大人たち

スケート業界としては、やはり『アイドル』選手が欲しいのでしょう。

その先駆けとなったのが、浅田真央さんです。

可愛いルックス、すらっと伸びた手足、

まさに国民的アイドルですね。

 

国全体で応援し、むしろ浅田真央さんのことを悪くいうなんで

信じられないくらいの人気選手でした。

 

その浅田真央さんが20代半ばに差し掛かかったころ、現れたのが本田真凛さんでした。

 

本田真凛の妹は女優の『本田望結』さらに注目度アップ!

スケート界としても浅田真央さんに代わる「アイドル選手」を探していたのでしょう。

そんな時に現れたのが、本田真凛選手でした。

とにかく「華がある」という言葉がぴったりでしたね!

笑顔もかわいくて!

フィギュアスケートってスポーツの中でも「魅せる」部分が大きい競技ですから、

やはり、かわいくてスタイルが良い方が目がいきますよね

そして、この本田真凛さん、もう一つ注目された理由があって、

子役としてすでにかなりの知名度を誇っていた「本田望結」さんのお姉さんということで

マスコミはさらに話題にしました。

一家そろって「良いネタ」になるというか、

本田真凛さんが活躍することがに周りがかなり期待し始めたんですね

 

ここから本田真凛さんの苦悩の日々が始まります。

 

 

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平昌オリンピック前も注目されていた本田真凛だが・・・

平昌オリンピック前は、関係者の元には

やはり本田真凛選手に関しての問い合わせが増えたようですね。

(ほかにも素敵な選手はたくさんいるんですけどね!)

 

「オリンピックではどのくらいまでいけそうか?」

「シニアに上がってすぐの大会で優勝したのだからメダル圏内ですよね?」

 

もうここまで来ると大人の願望も入ってますが、

それほどまでに期待されていたということです。

 

 

平昌五輪落選。本田真凛の涙の理由とは

シニアデビュー戦で優勝できたのはライバルが不在だった説

ジュニアの頃に実績も出して、すでに「ポスト浅田真央」として注目を浴びていた

本田真凛選手。

シニアのデビュー戦でも華々しい結果を残します

 

しかし、その結果、周りの期待がさらに高まってしまうのです。

しかもこの試合、世界のライバルが欠席していたそうです。

 

本田真凛のシニアデビュー戦、USインターナショナルクラシックでの優勝は、素晴らしい成績だ。しかし同大会はグランプリ開幕前の、チャレンジャーシリーズの一戦でしかなく、トップレベルの選手が集結しているわけではない。長洲未来、カレン・チェンなどアメリカの五輪代表を狙う選手も出場していたが、トップ選手たちはシーズン初戦から全力では向かわない。シニア一年目の本田が優勝できたとしても、それで即、オリンピックでの好成績を期待できるわけではないのだ。

(引用 現代ビジネス

 

そもそも普通の選手だとここまで必要以上に持ち上げられることもないのに

プレッシャーはかなりのものだと思います。

 

シニアデビュー後苦しむ本田真凛

シニアになり、なかなか自分の思うように結果を出せなくなります。

 

初戦となったUSインターナショナルクラシックこそ優勝を飾ったが、グランプリシリーズデビュー戦となったスケートカナダでは、ショートプログラムでジャンプで失敗が相次ぐなどして10位と出遅れた。フリーでは3位となったが総合5位で終えた。

濱田美栄コーチからは「明らかに練習不足」と厳しく指摘された。

Number Web

 

 

試合後、赤い目をした本田の口を突いて出たのは、悔いばかりだった。

「今はまだ分からないけれど、自分のやってきたことに間違いがあったのかなと思いました。(ショートが終わってから)自分の中で気持ちを保てていませんでした」

何よりも大きかったのは、自信を持って滑ることができなかったことだった。

「フリーは緊張して……。すごく緊張して、思い切り演技ができなかったので、後悔というより、すごく悔しいです。自分が描いていたスケート人生とは今日で変わっていくと思うけれど……今はあまりスケートのことが考えられない……けれど、考えていきたいなと思います」

(引用 Number Web

 

 

 

本田真凛、悔しさを胸にアメリカへ

さて、今年になって本田真凛選手は練習環境を大きく変化すると発表しました。

本田は2016年に世界ジュニア選手権の女子シングルで優勝し、翌2017年の同選手権2位と将来を期待される存在だ。平昌五輪のあった今季、シニアデビューを果たしていたが、五輪代表の2枠に入ることはできなかった。

 

「4年後の北京出場を目指してレベルアップするために環境を変えることは、絶対にプラスになると思います。アルトゥニアンコーチは2006年から約2シーズンにわたって浅田真央を担当したとこもあります。ジャンプの指導に定評があり、教え子のチェンは国際スケート連盟公認の大会で、世界で初めて5種類の4回転ジャンプを成功させました。もともとスケーティングと演技表現には定評のある本田にとって、ジャンプという武器を加えることが期待できる、とてもいい決断だと思います」(フィギュア関係者)

(引用 exiteニュース

 

苦しいスタートとなった2018年。

これからその思いを胸に頑張ってほしいですね!

 

管理人の所感

そもそも勝手に注目して「ポスト浅田真央」だなんてはやしたてたのは周りの大人です。

本田真凛選手はまだまだ発展途中の選手だと思いますし、

浅田真央さんの「代わり」でもありません。

 

これからの活躍を応援したいですね。

 

 

 

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